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名古屋地方裁判所 昭和54年(ワ)1839号 判決 1984年3月15日

原告

金俊顕

琴君子

右両名訴訟代理人

郷成文

石川康之

成瀬欽哉

被告

セントラル病院こと

織田実

石川文雄

右両名訴訟代理人

村瀬鎮雄

加藤義則

岡島章

宮嵜良一

主文

一  被告らは、原告らそれぞれに対し、各自金八九五万円及びこれに対する昭和五四年三月一八日より支払済みに至るまで年五分の割合による金員の支払をせよ。

二  原告らのその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを二分し、その一を原告らの負担とし、その余は被告らの負担とする。

四  この判決は、主文第一項に限り、仮に執行することができる。

事実《省略》

理由

一請求の原因1及び2の事実については当事者間に争いがない。

二請求の原因3の事実、すなわち亡将年がセントラル病院に入院してから死亡するまでの経緯については、亡将年が昭和五四年三月一三日セントラル病院に入院し、担当医である被告石川が麻疹肺炎と診断したこと、同年三月一七日午後四時四五分セントラル病院にて亡将年が死亡したことは当事者間に争いがなく、その間の経緯については、<証拠>を総合すれば、次のように認めることができる。

1  亡将年は、昭和五四年三月七日に発熱し、同月一〇日に訴外清水病院で麻疹と診断され、翌一一日に発疹が見られたが、同月一三日に至つても依然として熱が続き、食欲もないため、同病院より他の然るべき病院に入院して治療を受けることを勧められ、前同日、その紹介によつてセントラル病院に入院し、被告石川がその担当医になつた。

2  亡将年の入院時(三月一三日午前一〇時)の診察の結果では、体温・脈拍・呼吸数は別表記載のとおりであり、全身に発疹がみられ、全肺野に喘鳴がきつく湿性ラ音が聴取され、またレントゲン検査の結果では、右肺の上・中葉、左肺の上葉にかけて肺炎の症状がみられ、さらに耳血検査の結果では、白血球数は六、八〇〇で普通であつたが、そのうちリンパ球系が七七パーセントを占めており、ヘマトクリット値は四〇パーセントであつた。これらの結果から、被告石川は、亡将年は麻疹肺炎に罹患し軽度の脱水が認められるものと診断し、以下の処置を行つた。

(1)  亡将年に対する処置

酸素テントに収容して酸素を毎分二リットル流すと共に、呼吸を楽にするためネオフィリンMを四分の一アンプル、体の抵抗力をつけるためガンマグロブリン三〇〇ミリグラムをそれぞれ筋肉注射した。投薬として、ケフレックスシロップ五〇〇ミリグラム(抗生物質)、ポンタールシロップ二四CC(解熱剤)、ソリタT3二〇パック(水分電解質補給)を三月一三日から同月一六日までの内服薬三日分として処置した。

(2)  看護婦に対する指示

① 亡将年に湿つた空気を吸わせるため生理食塩水二CCを、痰を溶解するためビゾルボン0.5CCを、それぞれ一日三回酸素テントに吹きこむこと。

② 発熱の場合は解熱剤であるインダシン坐薬二五ミリグラムを一本施用すること。

(3)  付添いの原告琴君子に対する指示

① 亡将年は麻疹肺炎に罹患しており入院すればよくなつていくはずであるが、麻疹の終わりがけに細菌性の肺炎にかかることがあり、そうならないことが大切である。

② そのため、亡将年について水分の補給を十分すると共に、薬は必ず飲ませること。

3  翌三月一四日午前の回診の際、被告石川は、原告琴君子から亡将年は酸素テントに入れると泣き叫んで余計に蒼くなるといわれたので、同原告に対し、亡将年を酸素テントから出してもよいが、生理食塩水とビゾルボンを吸入するときは必ず酸素テントに入れ、また心配であればいつでも酸素テントに入れておくようにと指示した。さらに被告石川は、亡将年の尿と血液の検査をしたところ、尿検査の結果では、尿の蛋白分画としてアルファ・ツー・グロブリンが25.6パーセントの高率を占め、LDH(血性乳酸脱水素酵素)が一二三八単位と異常に高く、麻疹特有の現象がみられたがその他には異常はみられず、血液検査の結果では溶血性連鎖球菌による感染は受けていないことが判明した。

別表記載のとおり、午後から亡将年の発熱がひどくなつたので、インダシン坐薬二五ミリグラム一本が施用された。

4  翌三月一五日は、亡将年の容態に変化なく、被告石川は、三月七日発熱以来の病状より見れば、麻疹肺炎の通常の経過を辿つており、麻疹の熱が続くのは本日迄であろうと判断して格別の処置はしなかつた。しかし別表記載のとおり、夜になつて亡将年の発熱がひどくなつたので、インダシン坐薬二五ミリグラム一本が施用された。

5  翌三月一六日午前の回診時、被告石川は亡将年の容態に変化を認めなかつたが、胸部レントゲン撮影と耳血検査を翌一七日朝実施するよう指示すると共に、入院日である三月一三日に投与した薬が切れたので、三日分の薬として改めてケフレックスシロップ五〇〇ミリグラム、バッファリン(解熱剤)、レフトーゼシロップ(痰を緩くさせる)一〇ミリリットルを投薬した。この日午後五時ころ、被告石川は、セントラル病院の顧問医である訴外水野超医師と共に亡将年を回診したが、水野医師は、麻疹肺炎の経過としては少し長引いているがそのうち良くなるだろうとの意見であり、被告石川の判断も右意見と同様であつた。

しかしながら、亡将年は、この日は朝から内服薬を吐いて飲んでおらず、また水分も水一〇ミリリットル、ミルク一八〇ミリリットル、果汁二〇ミリリットルと極めて少量しか摂取せず、さらに別表記載のとおり体温が午後六時には40.3度、午後七時には四二度まで上昇し、午後六時ころには呼吸が荒く、衰弱し、声が出ない状態であつた。

右のような亡将年の容態の悪化を心配した原告琴君子は、看護婦に対し、亡将年が内服薬を吐いてしまうこと、熱が異常に上昇したことなどの状況を伝え、被告石川を呼んでくれるように何回も頼んだ。しかし、被告石川は不在とのことで診察には現われず、結局当夜は午後七時ころに看護婦によつてインダシン坐薬二五ミリグラム一本が施用されたのみであつた。

6  翌三月一七日午前一〇時ころの回診の際、被告石川は、亡将年が小鼻を動かす呼吸である鼻翼呼吸をしていることに気付いて不審に思い、直ちに当日朝実施してあつた胸部レントゲン撮影と耳血検査の結果を取り寄せたところ、肺にはあいかわらず肺炎の影がみられ、しかも白血球数が三三二〇〇と異常に多いことが判明した。さらに被告石川は、原告琴君子から、昨日は亡将年が水分を十分摂取せず薬も飲んでいなかつた旨を聞いたので、これらの状況から亡将年は細菌性の肺炎に罹患したものと判断した。そこで、被告石川は、亡将年の細菌検査と痰の検査をするよう指示すると共に、亡将年を酸素テントに収容し、強心剤であるジコキシン一アンプルと呼吸を楽にさせるネオフィリンM四分の一アンプルを注射し、脱水の兆候もみられたので水分電解質補給のためソリタT3の持続点滴を開始し、抗生物質としてアンピシリン五〇〇ミリグラムとトブラシン一〇ミリグラムを注射した。しかし、午後三時過ぎには亡将年がけいれんを起こしはじめたので、被告石川はテラプチク一アンプルを静脈注射し、午後四時ころには被告織田によつて気管にカテーテルを挿入し気道確保に努めたが、心停止、呼吸停止が断続的に始まり、結局午後四時四五分亡将年は死亡するに至つた。

7  亡将年の入院時から死亡までの体温、脈拍、呼吸数の状況は、別表記載のとおりであつた。また、後になつて亡将年の細菌検査の結果、グラム陰性桿菌であるクレブシーラ菌が検出され、亡将年はクレブシーラ菌による肺炎に罹患していたことが判明した。

三そこで請求の原因4の主張について判断する。

1  請求の原因4(1)の主張について

(1)  患者が麻疹肺炎に罹患した場合、特に乳幼児の場合には体力の消耗を防ぐために、医師としては、脱水症状の的確な把握をすべきであることは明らかである。

(2)  脱水症の形態、原因、臨床症状

<証拠>によれば、以下の事実を認めることができる。

① 脱水症には、電解質より水分がより多く失なわれていく高張性脱水症、水分より電解質がより多く失なわれていく低張性脱水症、水分と電解質が均等に失なわれていく等張性脱水症の三形態がある。

② 脱水の原因としては、下痢、嘔吐、水分摂取量の不足、発熱・過呼吸により不感蒸散の増大などがある。なお、乳幼児は通常一日につき体重一キログラムあたり一〇〇ないし一五〇ミリリットルの水分摂取を必要とするところ、前記乙第一号証の二三によれば、亡将年の体重は約一〇キログラムであることが認められるから、同人の場合は、通常一日につき一〇〇〇ないし一五〇〇ミリリットルの水分の摂取が必要ということになる。

③ 脱水症の臨床症状としては、低張性及び等張性の脱水症では、皮膚の緊満度の低下、目のくぼみ、大泉門の陥没、尿量の減少が主にみられ、高張性脱水症では、右のような症状は顕著ではなく、舌や粘膜の乾燥、興奮・意識障害・けいれん・呼吸障害などの中枢神経症状が現われ易い。その他、いずれの場合にも、四肢冷感が現われることがある。

(3)  脱水症状の把握の方法

<証拠>によれば、脱水症状の把握は、第一次的に医師の肉眼による観察(以下、「脱水観察」という。)によつてなしうるものであり、体重、水分摂取量、尿量、尿比重、耳血検査によるヘマトクリット値(血液中に占める血球の容積パーセント)などの測定(以下、「脱水測定」という)の結果はあくまでも脱水観察の結果を確認・補充するための資料となるものであつて、脱水症状を把握するうえで第一次的なものとは限らないとされていることが認められる。

これに対し、鑑定の結果及び証人堀江重信の証言のなかには、脱水症の中でも高張性脱水症の場合は外見上の症状は顕著でないことから、脱水観察だけでは脱水症状の把握として不十分であつて、脱水測定の結果が必要不可欠であるとの部分がある。

しかしながら、前記(2)において認定したとおり、高張性脱水症においても外見上の臨床症状がみられないわけではないから、脱水測定によらなければ高張性脱水症の脱水症状が把握できないというものではない。したがつて、堀江証言及び鑑定の結果中右部分は採用することができない。

結局、医師が脱水測定をしなければならないのは、脱水観察によつて脱水症状の進行が疑われる場合だけであるというべきである。

(4)  本件についての具体的検討

被告石川本人尋問の結果によれば、亡将年の脱水症状については、入院時である三月一三日に軽度の脱水症状がみられたものの、その後の三月一四日から同月一六日の回診時における脱水観察によつては、脱水症状の進行を疑う症状はみられず、三月一七日の回診時における脱水観察によつて初めて脱水症状の進行を疑わせる症状がみられたことが認められる。したがつて、三月一六日以前に被告石川に脱水測定をすべき義務は認められないといえよう。

よつて、請求の原因4(1)の主張は理由がない。

2  請求の原因4(2)の主張について

(1)  幼児の場合の輸液の方法

<証拠>によれば、次の事実を認めることができる。

① 輸液の方法としては経口輸液法、胃内持続点滴法、静脈内持続点滴法の三つがある。

② 幼児の場合には、経口輸液ができる限り経口輸液を行い、静脈内持続点滴法は脱水状態が重度(水分喪失が体重の一〇パーセント以上で、意識障害・昏睡・けいれんなどの症状をともなうもの)の場合に行うことが適当である。

これに対し、堀江証言及び鑑定の結果中には、翼付き針を使用すれば幼児でも点滴は困難でないこと、一般に水分・電解質の補給用として広く使われているソリタは渋みがあつて幼児は嫌がつて飲まない傾向があることから、軽度の脱水が認められれば、医師は直ちに静脈内持続点滴法による輸液をすべきであるとの部分がある。

しかしながら、幼児に点滴をすることはいかに翼付き針を使用したとしても決して容易ではないこと、静脈内持続点滴法は強制的な輸液であつて輸液過剰となる恐れがあるため常に輸液量を監視する必要があることを考慮すれば、軽度の脱水の場合にまで医師は直ちに静脈内持続点滴法による輸液を行う義務があるとはいえず、堀江証言及び鑑定の右部分は採用できない。

(2)  本件についての具体的検討

<証拠>によれば、入院時である三月一三日において、亡将年に臨床所見上軽度の脱水症状がみられたことが認められる。

その後の三月一四日、一五日の亡将年の脱水状況については、前記乙一号証の二三、原告琴君子及び被告石川各本人尋問の結果によれば、亡将年は健康時に比べると少量ながらも一日一〇〇〇ミリリットルに近い量の水分を摂取し、脱水症状は入院時とさほど変わらなかつたことが認められる。なお、書証の二三中の三月一五日の食事・尿の記載欄によれば、同日の亡将年の摂取量はヨーグルト一個、尿回数は二回と記載されている。しかし、<証拠>によれば、亡将年は三月一六日になつて水分摂取量が減少したことが認められるのであるから、右乙第一号証の二三の他日の食事・尿の記載と対比すれば、三月一五日の右記載は必ずしも信用できず、三月一五日は同月一三日、一四日とほぼ同様の水分を摂取し、尿回数があつたのではないかと考えられるのである。

三月一六日は、前記二5で認定したとおり、亡将年は水一〇ミリリットル、果汁二〇ミリリットル、ミルク一八〇ミリリットルの水分を摂取したにすぎず、右量はそれまでの日と比べて明らかに少量であり、また別表記載のとおり呼吸数の上昇がみられ不感蒸散が増大し、亡将年の脱水症状が進行したことが認められる。しかしながら、<証拠>によれば、三月一六日段階で亡将年に四肢冷感、意識障害などの症状はみられなかつたことが認められる(四肢冷感が初めてみられたのは、前記乙第一号証の三〇によれば、三月一七日午前三時である)から、右段階においても、亡将年の脱水症状は未だ重度の脱水症状にまでは進行していなかつたというべきである。

以上によれば、亡将年の脱水症状は、三月一三日から同月一六日の間においては、静脈内持続点滴法による輸液を必要とすべき重度の段階までは達していなかつたことが明らかである。したがつて、被告石川には三月一六日までの段階においては未だ亡将年に静脈内持続点滴法による輸液を行う義務はなかつたというべきである。

(3)  インダシン坐薬の施用の点について

<証拠>によれば、以下の事実が認められる。

① インダシン坐薬は、非ステロイド性消炎剤で顕著な解熱効果を有し、成人で一回二五ないし一〇〇ミリグラムを一日一ないし二回投与するが、解熱効果が強いので小児には慎重に投与すべきこととされている。

② 右のような強い解熱効果に伴う副作用を理由にアメリカ合衆国では小児に対する施用が禁止されているが、日本では施用禁止はされておらず、解熱剤として寧ろ広く使われている。

③ 解熱剤には、解熱効果に必然的に伴うものとして発汗作用があり、発汗によつて体力の消耗をもたらす。しかし、解熱剤を使用しないことによつて高熱が続いた場合の体力の消耗の程度は、解熱剤の使用によつて生じる発汗による体力の消耗の程度よりも大きく、このような理由から、麻疹の場合に解熱剤が施用されている。

以上の認定事実によれば、幼児に対して麻疹肺炎の場合に解熱剤としてインダシン坐薬を施用すること自体は、投与量が慎重に判断されている場合には、過失をもつて問うべきものではないと考えられる。

そして、本件の場合には前記二認定のとおり、インダシン坐薬は三月一四日から同月一六日にかけて一日当り二五ミリグラムが投与されたにすぎず、右量は成人に対する平均投与量の半分以下であつて、幼児に対する投与量として慎重さを欠いたとはいえない。

よつて、請求の原因4(2)の主張は理由がない。

3  請求の原因4(3)の主張について

(1)  ケフレックスの投与量について

<証拠>によれば、ケフレックスはセファロスボリンC系の抗生物質で幅広い抗菌スペクトルを有し、幼小児の場合通常体重一キログラムあたり一日二五ないし五〇ミリグラムを投与し、重症の場合はその倍量を投与すべきであるとされていることが認められる。そして、前記一(2)②で認定したとおり、亡将年の体重は約一〇キログラムであるから、同人の場合は、通常一日二五〇ないし五〇〇ミリグラム、重症の場合はその倍量を投与するのが普通であることになる。

ところで、前記二2で認定したとおり、被告石川が亡将年に対して投与したケフレックスの量は、三日で五〇〇ミリグラムであつて、右認定の通常投与量を下回つている。しかしながら、以下の理由から本件におけるケフレックスの投与量は医師の裁量の範囲内にあるというべきであり、投与量が不十分であつたとはいえないというべきである。

① 麻疹の場合にケフレックスを投与するのは、麻疹そのものの治療のためではなく、麻疹の際発生しやすい二次感染を予防するためであるが、一般に予防のための薬の投与の場合には、治療のための薬の投与の場合よりもより広く投与量についての医師の裁量が認められるべきであること。

② 亡将年は、入院時一才一か月の幼児であつたが、幼児に対する抗生物質の投与は副作用を考慮して慎重にすべきものであること。

(2)  ケフレックスの服用の確認について

<証拠>によれば、セントラル病院はいわゆる完全看護システムではなく、投薬の実施は付添人によつてなされるシステムになつていること、被告石川は亡将年の入院の際付添いの原告琴君子に対し薬を飲ませるよう指示していることが認められる。そして、このような場合には、付添人が医師の指示に従うことを期待できない特別の事情が認められる場合を除いては、医師は患者による服用が確実になされたかどうかを毎度確認する義務はないというべきである。

これに対して、<証拠>中には、看護婦に毎回の服用が確実になされているかどうかを確認させて医師に報告させるべきだとの部分がある。しかし、右のように服用の確認を完璧にすることはもとより望ましいこととはいえ、いわゆる完全看護システムをとらないセントラル病院のような病院において医師にそこまでの確認義務を負わせることは妥当とは思われず、堀江証言及び鑑定結果中の右部分は採用できない。

そして、本件においては、付添人である原告琴君子に医師の指示に従うことを期待できない特別の事情があつたとは認められないのであるから、被告石川に亡将年がケフレックスを確実に服用しているかどうかを確認する義務はなかつたということになる。

よつて、請求の原因4(3)の主張は理由がない。

4  請求の原因4(4)の主張について

(1)  入院患者に対して医師がとるべき態勢

入院は患者を常時病院の保護の下に置くものであるが、その主要な目的は患者の容態の変化に即応して適切な処置を取ることにある。したがって、およそ患者を入院させた以上は、医師としては、患者の容態が急変する恐れがない場合を除いては、患者の如何なる容態の変化があつてもこれに即応して適切な処置をなしうる態勢を整えておくべき義務があるというべきである。

ところで、亡将年は麻疹肺炎により入院したものである。<証拠>によれば、麻疹そのものは特に恐れる程の病気ではないが、四〇度近い高熱が数日間続くことによる体力の消耗のため細菌感染を受けて重大な結果を招来することがあり、医師にとつても決して油断できる病気ではないことが認められる。そして、亡将年は、肺炎を併発していて麻疹として重度であつたこと、また抵抗力の弱い一才一か月の幼児であつたことから、通常の麻疹患者に比べて細菌感染を受ける危険性が高かつたのみならず、三月七日に発熱してから八日目の三月一五日の夜にも三九度の発熱があり、更に三月一六日になつても治癒に向うことを示すような徴候は認められなかつたのであるから、本件は患者の容態が急変する恐れがない場合とは到底言えなかつたのである。したがつて、本件の場合に被告石川としては、亡将年の容態の急変に即応しうる状態を常に維持しておくべきであり、外出する際にも看護婦に連絡先を知らせておくか、他の医師に患者への処置を取れるように依頼しておくべきであつたと考えられる。

(2)  三月一六日における亡将年の容態の悪化に対してなされるべき処置

前記二5において認定したとおり、三月一六日に至つて、亡将年の容態は、水分摂取量が極度に減少し、ケフレックスも吐いて服用せず、かつ体温は夜になつて午後七時には四二度まで上昇するほど入院時からの経過と比べて明らかに、しかも急激に悪化し、そのため付添いの原告琴君子は、三月一六日夜右状況を看護婦に伝え医師の診察を何度も要請している。

ところで、麻疹肺炎において最も注意すべきことが二次感染の罹患であり、それを予防するためには抗生物質の服用が不可欠である以上、亡将年が三月一六日にケフレックスを服用しなかつたことは重大な意味を有するというべきである。したがつて、付添いの原告琴君子からその旨の訴えがなされた以上、被告石川としては、直ちに亡将年がケフレックスを服用するように努め、それが困難であれば注射によつて抗生物質を投与する義務があるということができる。

(3)  本件において実際になされた処置

本件において亡将年に対し三月一六日夜実際になされた処置は、インダシン坐薬の投与のみであることは、前記二5において認定したとおりである。そして、その原因は、<証拠>によれば、看護婦が被告石川と連絡をとることができず、しかも被告石川に代わるべき他の医師もいなかつたことにあることが認められる。

かように患者が従前にないいわば危機的な症状を呈するようになり、かつ、この間引き続いて付き添つてその容態を知悉している原告琴君子の担当医師の診察を求める再三の切実な訴えにも拘らず、被告石川は入院患者に対して責任を負うべき立場にある主治医として全く何らの措置をも取り得ない状況のままに放置して顧みるところがなかつたということになるのであつて、民事上これをその過失と評する他はないものというべきであろう。

(4)  結局、被告石川は(1)記載の義務を怠り、そのため(2)の記載の亡将年に対する適切な処置が、三月一六日夜から三月一七日午前一〇時ころまで一〇数時間もなされなかつたのである。そして、三月一六日夜の危機的状況下において、亡将年に対し然るべき抗生物質が適切に投与されておれば、亡将年がクレブシーラ肺炎に罹患することはなかつたと断定するに足りる程の証拠はないものの、少なくとも亡将年が翌一七日朝から手の施しようのない状態となつてそのまま夕方に死亡するという電撃的結果の発生を防止することができたことは明らかであろう。なお、三月一六日夜の状況下では、抗生物質の投与と併せて静脈内持続点滴法による輸液をすることも有効であつたと考えられる。

したがつて、請求4(4)の主張は理由がある。

5  以上によれば、請求の原因4(5)の主張について判断するまでもなく、被告石川に右の点において過失があることは明らかである。したがつて、同被告は、民法七〇九条により、これによつて亡将年及び原告らが被つた損害を賠償しなければならない。

四そこで請求の原因5について判断する。

1  亡将年の逸失利益<省略>

(5) 以上を前提として亡将年の逸失利益を計算すると、次の計算式のとおり概算一一九〇万円となる。

(6) したがつて、原告両名は相続により各五九五万円の請求権を取得したことになる。

2  慰謝料

亡将年の死亡による原告両名の精神的損害に対する慰謝料は、本件に現われた一切の事情を考慮して各三〇〇万円とするのが相当である。

五請求の原因6の主張について

被告織田が被告石川の使用者であることは当事者間に争いがなく、前記の通り被告石川がセントラル病院の事業の執行について原告両名及び亡将年に損害を加えたことは明らかであるから、請求の原因6の主張は理由がある。

六結論<省略>

(川井重男 西野喜一 永野圧彦)

別表<省略>

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